研究日誌②

窯(かま)

ナポリピッツァは石窯で焼き上げます。

石窯は、大きく分けて3種類。薪窯、ガス窯、電気窯。

字面だけみると、熱源が違うだけのような感じですが、薪窯は煙や煤がでるから煙突が必要だし、薪を窯の中に直接入れるから1枚焼用の最小サイズの窯でもデカい。電気窯はコンパクトだけれど、熱量や蓄熱力が小さいため、窯口にフタがついている。

このように、それぞれの石窯は全体の構造や特徴が大きく違うのです。

それで、よく聞かれるのがこの質問。

「薪窯で焼いたのが一番美味しいんでしょ?」

うむ、そうっちゃ、そうなんですが。

ではちょっと、土鍋を使い、炭火で炊いたご飯を想像してみてください。

美味しそうですよね。

でも普段、土鍋や炭火を使い慣れない人が炊いたとしたらどうでしょう。

水加減や火加減、むずかしいですよね。

火が弱すぎて、お米に芯が残っているかもしれないし、強すぎて底が焦げてしまうかも。

水分の蒸発量も、その時の火加減によって変わってくるから、水が少なすぎて固く炊き上がるかも。

慣れない人がやるんなら、電気炊飯器を使ったほうが、格段に成功率があがりますよね。

薪窯でも同じことが言えるんです。

熟練の人が、使い慣れた薪窯で、その窯の焼き方に合わせたピッツァ生地を焼けば、美味しく焼きあがるでしょう。

初めての人が挑戦するなら、電気窯が一番上手くいくはずです。

だから、薪窯なら絶対に一番美味しいかと問われると、はっきりYESと言えないんですね。

ピッツァ窯を理解した職人が焼いたとすれば、美味しい順番はやはり1番は薪窯。

誰が焼いても上手くいくという安定感なら、電気窯に軍配があがります。

それに、電気窯の特徴を理解し、それに合わせた生地を用意できれば、リーズナブルで美味しいピッツァを提供できます。

電気窯は初期投資もランニングコストも低く、場所もとりません。

ガス窯は、電気窯と薪窯の中間に位置するところでしょうか。

もちろんそれぞれ価格もサイズ感もピンキリで色々ですけれど、大まかにいえばそういう感じなのです。

ここで、なぜ薪だと美味しいかについて触れておきたいです。

時々、薪の香ばしい香りがピッツァにつくから、という理由を耳にすることがあります。

これに関しては諸刃の剣といったところで、良い香りの場合もありますし、薪の素材によって様々。

人によっても香りについては好き嫌いが分かれるところですね。

サンマやホルモンを焼いて、油が燃えて、その煙が料理につく。これも燻煙効果です。

わたしはこういう香り好きなんですが、中には嫌う人もいますよね。

ピッツェリアでは基本的には広葉樹を使いますが、もし針葉樹を使えばアクが強いため、匂いがキツくなります。

木の種類でピッツァにつく香りもかわるんですね。

針葉樹も、火持ちは悪いですが、着火しやすいので、火付け材として在ると便利です。

薪に関しては、また別の機会に深く考えたいと思います。

薪窯で焼くと美味しい理由は、

     焼く場所全体が乾燥し、高温になるから

     輻射熱

科学的に説明する理由としては、この2つが大きいと思います。

正直に言えば、大きな理由の1つに、③雰囲気、も入れていいでしょう。

窯の中の炎を見て「わぁすごい、あれで焼くんだよ」なんて会話があって、ピッツァが運ばれてきて

楽しい気分で食べたら美味しくなるんです。味覚は人の感覚ですから、そういうものです。

 

 

     焼く場所全体が乾燥し、高温になるから

最近、レストランでも焚き火料理と謳うところがでてきましたね。

三ツ星のお店でも、ガスコンロではなく炭火を使うなんて話もあります。

薪や炭の魅力は、瞬間的に表面をカリっと焼けるところです。

瞬間的に表面を焼けば旨みをとじこめることができるし、中心まで火を入れつつも、適度な水分を残しジューシーに仕上げることもできる。

ナポリピッツァの場合で言えば、薪窯であれば、より表面はカリッ、中はフワッに焼けるということです。

ガス火は水分を含みます。

CH4+2O2→CO2+2H2

むずかしい。とにかく、ガスが燃えると、水蒸気がでるということです。

まわりの空気が湿っていたら、表面をカリッと焼けないですよね。

電気窯は熱量が少ないため、フタがついてます。

電子レンジで、ラップをしていないと、温めたとき中が曇りますよね。

電気窯も、内部の空気に湿気を含んでしまうのです。

     輻射熱

難しい言葉がでてきました。

熱の伝わり方には3種類あります。

熱伝導、対流、輻射熱

※放射熱、熱放射、熱輻射ともいうみたいです

あぁむずかしい。

とりあえず茹で卵を作ってみましょう。

お鍋に水と卵を入れて、ガスコンロで温めますね。

ガスコンロの火が、お鍋に伝わる→熱伝導

鍋の底の水が熱くなって、それが上のほうにも移動していって、全体が熱いお湯になる→対流

そのお鍋のそばにいたら、わたしの体もほてってきたわ→輻射熱

一番分かりにくいのが輻射熱ですよね。

輻射熱の代表例は、太陽の光です。

太陽の光に当たると、体がポカポカしますよね。

焚き火やガスコンロの火でもポカポカします。

輻射熱は、早い話が、光です。

しっかり言うと、電磁波です。

電子レンジがマイクロ波で温めるのも輻射熱なのです。

宇宙はマイナス270℃らしいです。

太陽の表面温度は約6000℃らしいです。

太陽の光に当たって、体がポカポカする。

なのにどうしてその間にある宇宙はめちゃくちゃ冷たいのか。

それは真空で何にもないからなのです。

電磁波つまり光は物質に当たって初めて熱を発生させます。

だから何にもない宇宙は素通りで、地球にいるわたしにぶつかって温めてくれるんですね。

わたしの肌にぶつかったあとも、さらに進む電磁波もあって、体の内部もポカポカさせてくれます。

それから太陽の光は、地球の大気(周りの空気)とか、地球の大地とかも温めてくれます。

太陽があたらない時間でも、大気や大地が熱を蓄えてくれているので、わたしたちは夜も大丈夫なのです。

コレ、薪窯の中でも同じことが起きているんです。

薪が燃えて、炎の光がピッツァ生地に当たって、まず表面を温める。さらに内部も温める。

炎の光は窯の周りの石も温めます。ピッツァ生地は下にある石からの熱伝導でも温まります。

それから窯の内部の空気も温めます。

ピッツァは上からも下からも、表面からも内部からも温められます。

それからそれから、熱というのは平衡であろうとします。

ナポリピッツァの窯は450~500℃程度といわれています。

窯の上部や、炎の近くはもっと熱いです。

そんな窯の中に、冷たいピッツァ生地を入れたら、そこに熱エネルギーが雪崩れ込んでくるわけです。

しかもしかも、薪窯はドーム状に作られています。

パラボラアンテナを想像してください。なぜあんな形なのか。

お椀の形で、電波を受け止めて、反射した電波が全部ど真ん中に来るようにしているんです。

薪窯のドーム屋根も、炎の光を反射して、真ん中に集める役割があります。

真ん中に置かれたピッツァ生地、およそ90秒で焼き上げるのが基本です。

あの手この手でカリッとフワッと焼きあがります。

最後に、温度が高けりゃいいってもんじゃない、ということは伝えさせてください。

日本人はフワっとかモチっとかジューシー好きが多いので、

水分が多めの生地を比較的、高温で焼き上げると、日本人好みのナポリピッツァです。

しかし生焼けはだめです。適度に水分を残すだけです。

そのためには炉床(下の石)の温度と、内部温度のバランスが大切です。

炉床温度が高すぎれば裏が焦げてしまいます。

低すぎれば、伝導熱でピッツァを下から十分に焼けません。

炉床からの伝導熱に頼らず、内部の熱で火を通そうと思えば、表面が焦げます。

それではと、窯の入り口手前で焼けば、温度が低すぎて、時間がかかり、乾燥してしまいます。

難しそうに言ってしまいましたが、この不安定さも薪窯の持ち味です。

つまり、窯の中に色々な温度の場所が存在することも薪窯の利点なのです。

トッピング多めのピッツァは少し温度が低い場所に置いて長めに焼く、あるいは薪の量を加減して内部の温度を少し下げる。

入れる薪の大きさや、置く場所で、どう焼き上げるかを変えられるのです。

そういったことが自由自在にできるのが薪窯の魅力です。

ちょっと薪窯を褒めすぎてしまいました。わたし自身、お店では小さな薪窯を使っていますが、キッチンカーには小型のガス窯を搭載しています。このガス窯もとても気に入っています。電気窯の安定感や、初期投資の安さ、ランニングコストの低さもとても魅力的です。薪、ガス、電気ともに炉床面積が広ければ、その分、置く場所によって焼き方の選択肢が増えますし、熱量、蓄熱量もアップします。引き換えにデカい、重い、初期投資もランニングコストも高い、となります。

ピッツァを提供する場所、価格帯、数量で、どの窯がベストかというのは変わります。

 

小さな場所で、電気窯で、リーズナブルに美味しいピッツァを焼くもの、お店を構えて薪窯でピッツァを焼くのも、おしゃれなビルにテナントで入ってガス窯でがんばるのも(都心のテナントでは薪窯はだいたいNG)素敵なことだと思います。