自由研究①

ピザとピッツァ~どちらでもだいじょうぶ~

 

ピザとピッツァはどちらが正しい発音なのか

ピザとピッツァは何が違うのか

そんなことをときどき聞かれます。

 

現在から約8000年前、古代メソポタミア(現在のイラクあたり)で、小麦粉を水でこねて焼いたものが食べられていました。酵母(イースト)が入っていないカチカチの固くて平たい無発酵パン。これがパンの原形です。それが古代エジプトで約5000年前、誰かのうっかり、あるいはたまたまの偶然により発酵しました。チーズや納豆も誰かのうっかり、あるいはたまたまの偶然がきっかけで発酵し、誕生した食べ物です。発酵パンは、古代エジプトから古代ギリシャへ伝えられ、そこで製パン技術が確立。そして発酵パンが古代ギリシャからヨーロッパ、アジア、アフリカへと伝わりました。発酵パンの技術はイタリアへも伝わり、1600年代のイタリアでは平たくした生地にラードなどをぬって焼いていました。1700年代頃にイタリア南部で食用トマトの栽培が盛んになると、トマトをのせた平たいパンも登場。港町ナポリで、船乗りのリクエストによりトマトソース、ニンニク、オレガノなどがトッピングされるようになった頃、「PIZZA」という名前がつき普及していきました。その後、イタリア南部で水牛から作られるモッツァレラチーズも生まれ、PIZZAにトッピングされるようになりました。これでようやく、現代の私たちがイメージするPIZZAの誕生です。

PIZZAが最初に日本へ入ってきたのはイタリアからではありません。アメリカから日本へと伝わりました。イタリアからアメリカへ移住した移民たちによってPIZZAはアメリカの人気メニューに進化し、東京オリンピック以降、日本へ伝わったといわれています。

 

さて、ここで初めの質問に戻りましょう。

ピザとピッツァはどちらが正しい発音なのか。

 

英語の発音でPIZZAは「ピッザ」とか「ピーツァ」とか日本人にはモヤモヤする感じ。だからわかりやすく「ピザ」って呼ぶようにしたのです。

RADIOは英語だと「レイディオウ」みたいな発音ですけど、日本ではわかりやすく「ラヂオ」って呼ぶようにしたのと同じですね。

イタリア語でPIZZAは「ピッツァ」と発音します。

だからP1ZZAを「ピザ」「ピッツァ」といってもどちらも間違ってはいないのです。

 

そして2つめ、ピザとピッツァは何が違うのか。

 

これはとても難しい。カレーとカリーは何が違うのか、という質問に似ています。

「カリー」といった場合、話し手はインドカレーをイメージしているのだろうと聞き手は想像できます。「カレー」といった場合、話し手は日本の給食カレーをイメージしているかもしれないし、タイカレー、インドカレー、欧風カレー、あるいはその総称として「カレー」といっているかもしれないですよね。

では話し手が「ピザ」といった場合と、「ピッツァ」といった場合にはそれぞれどんなPIZZAをイメージしているのか。

実に難しい話です。そもそもPIZZAにはどんな種類があるのでしょう。

PIZZAの発祥はイタリアのナポリだといわれていますが、トルコもPIZZA発祥の地といわれています。トルコピザというと、厚めの生地で舟形のピデと、薄めの生地で丸型のラフマジュンの2つが代表です。平たい生地に何かをのせて焼くというパンの食べ方が、トルコからイタリアへ伝わり、イタリアからPIZZAという名前で広く普及していったという考え方もできます。フランスのアルザス地方とドイツ南部の伝統料理であるタルト・フランベも薄焼きのPIZZAにとても似ています。古代ギリシャから同時期に各地へとパンが伝わったのですから、自然と同時期に各地で似たような料理が生まれても不思議ではないですよね。PIZZA発祥の地については諸説ありますが、とにかく、ひとくちにPIZZAといっても実に様々な種類があるのです。

わたしがナポリピッツァ職人なので、ナポリタイプのPIZZAから確認していきましょう。

イタリアの中で最も古典的でシンプルなPIZZAがナポリタイプです。生地に使う材料は、小麦粉・塩・水・酵母の4種類のみ。生地の水分量が多く柔らかいので手で延ばし、高温の窯で短時間で焼き上げます。真ん中は薄く、縁は分厚くフカフカしています。ローマタイプは生地に油もいれます。ナポリタイプより水分量は少なく、棒を使って伸ばします。ナポリタイプよりはやや低い温度で、やや長い時間焼き、全体的に薄くてカリカリしています。日本で一番なじみがあるのがアメリカンタイプ。宅配ピザのイメージが強いです。全体的に生地は分厚く、沢山の具材をトッピングします。生地が厚く具材が多いためローマタイプよりもさらに低温で長い時間焼きます。大きな生地を焼き、カット売りすることも多いです。

これまで挙げたもので全部かというと、全くそんなことはありません。イタリアの街角でも、冷めても美味しく食べられるような生地の配合で、大きく焼いたピザをカット売りしています。ローマタイプよりさらに薄いものもあれば、長時間かけて焼くフカフカの全体的に分厚いタイプもあります。

アメリカでも宅配ピザチェーンや冷凍ピザ以外に、地域によって様々なPIZZAを提供するお店があります。もともとイタリアから移民の人がPIZZAを伝えたのだから、イタリアの伝統的PIZZAを提供するお店もありますよね。

PIZZA文化はラーメン文化に似ているのです。ラーメンは地域によってその特徴をあげることができますが、同じ地域であっても、お店ごとにスープの味、麺の配合や太さ、具材など、全く違いますよね。PIZZAもお店ごとに全く違う特徴をもつPIZZAが出てくると言えるでしょう。

11500円のラーメンもあれば、1杯500円のラーメンもある。袋ラーメンもあれば、カップラーメンもある。伝統的ラーメンもあれば進化形ラーメンもある。

PIZZAも同じなのです。1枚1500円のPIZZAもあれば1枚500円のPIZZAもある。作り置きのPIZZAも、冷凍PIZZAもある。伝統を重んじるPIZZA屋があれば、オリジナリティを追及するPIZZA屋もある。

「ピッツァ」というか「ピザ」というかで区別できるほどシンプルな世界ではないのです。

 

イタリアのPIZZA文化へ敬意を表すため、イタリア料理店では「ピザ」ではなく「ピッツァ」と呼ぶことが多いです。だからといって、そこでお客さんが「ピザ」と呼んでも間違いではないので安心してください。どちらでもだいじょうぶ。と、わたしは思うのです。